涼しげな緑の池よカイツブリ
愛らしき少女連れたる父親は花火の袋もちて寝ており
おしろいの花の匂いはなつかしき幼き頃の夕涼みなを
赤リュックかたへに置きて父親は幸せな眼で息子見ており
降りる駅間違へたれば引き返し笑みかはしおる喪服の夫婦
子がおきてゆきたる赤きサンダルをはきて出掛けん自由が丘へ
クーラーの車内を出れば熱帯の真っただ中に飛び出す如し
風呂場にて鈴虫鳴くと子は言ひぬそれらしき音を吾も聞きつつ
松桜梅の木陰に月をみてうたた寝をしぬ雨戸しめずに
チャルメラの音淋しげにきこゆなり夜更けて一人くりやにあれば
蝉しぐれ耳を聾するま昼間を深山にある心もて聞く
眼に汗の入る残暑も洗濯と炊事場洗ひす少しは涼し
ゴキブリは夜のギャングよ殺虫剤つかみたれどもその手動かず
仏壇に朝顔そなへ亡き母の笑顔がふっと重なりてきぬ
静かだなあ夫は云いぬ感こめて娘夫婦の出かけし連休
眼も悪くなれりと云いて出されたる菓子箱のふち小蟻這いおり
手伝はんとすれば拒絶にあふことの多く同居のむつかしさかな
我が旅は始まれるなり妹の形見の黒のカーディガン着て
妹が若き命を捨てんとし見出されたる山崎すぎし
懐かしき父母眠る新しき東太田の墓地訪れぬ
幾たびもつぶれかけたといふホテル豪壮な庭に心奪はれぬ
弟がうたによみたる義母岳父我もまみえて嬉しかりけり
山海の珍味多くていただけぬ分に心を残してじせり
目先なることにとらはれ忘れいしつぐなふべきこと多々ありし我
弟に案内されきし父母の墓前に我は何を誓はん
妹と共に歩きしこともあり新神戸駅今たたんとす
幾度か妹送りきてくれし新神戸駅に我はあるなり
此の駅で別れしことが夢のごと思い出さるる妹のこと
新神戸去るとき哀し妹と別れる如く泪あふれぬ