短歌 1992年 夏

泣くまいと思へど泣きぬ子と別るる前夜の宿の浴室の我

鳩時計「CHIKAKO CHIKAKO」と啼く如く我にはきこゆ別れきぬれば

迷ひつつ出かけてゆけば妹は五十五万の皮ゴートかな

たべるとは言へずびびるといふ幼我はいつでもびびる人なり

また明日遊ぼうねと階段をのぼりて行きぬ寝に行くをさな

疲れ果て眠りに落ちる瞬間にとろける如き感覚は来ぬ

落とせしに割れざる湯呑拾いあげ思はず言ひぬ「おお有難う」

太平記終わりて今は尊氏の顔見ることのできぬ淋しさ