短歌 1993年

庭を見ておりし夫が真剣に梅の実七十つきしと云へり

人がみな飢えし時代に祖母われにおのれのめしを与へ給ひき

密教の儀式ならむかジャランジャラン正思影供(しょうみえく)にて打楽器響く

粉雪のしげき高野山夜の床熱き炬燵のありてうれしき

愛すればこと憎むなれ己が身に云ひきかせつつ今日も憎めり

何食はぬ顔して生きることできず追い詰められて苦しき日々よ

夜の明けることおそろしと思へり今日は何着て日をすごさんかと

眠れたか夫きくなり強き手が我が手にふるる時のかなしさ

爪切ってあげようかとのぞきこむ君はいつからそんなにやさしい

花めずる心は遠くなりにけりおどろおどろが吾が内に住む

おばあちゃんチューリップ咲いたと吾が手ひっく今朝見た花をまた見に行けり

旅行より帰りし人は晴れやかな笑顔で吾に挨拶をしぬ

あと何年生くるや知らずゴルフ狂許さむと吾思ふ十月

帰る子を待ちつつ米をとぎながら厨にある夜の如何に嬉しき

スイスより帰りたる子が家磨きこれでは毎年帰ると云へり

父の服のチョッキに書き給ふ光太郎の「美もっとも強し」祈りをり拝す