短歌 1996年 冬

もう少しと催促したる夫の酒断りし後心地よからず

宇野千代の死をきき吾は淋しかり心の支へとなりてゐたれば

借りてきたる書籍の臭ひ好ましく我顔つけて幾度もかぐ

おとづれし葡萄祭のアルボワにルイ・パスツールの生家見出す

公園の大樹抱きてその精をわたしの心にひき入れんとす

中世の大寺院をば登りつめラインの流れ眼下に眺む

雨降れば氷河の雪をとかすなりスイスの川は碧く冷たく

膝病みてのろのろ歩き杖ほしと思へど我慢も少し我慢

気が付けば虫の音きかぬ夜となりぬ初雪降りしと子の便りあり

痛き足ひきずりつつも友の墓おとずれんとす今日の吾かな

通夜に行きし夫の帰りを待ちわびて鍵閉め塩を用意するかな

離れ住む子の帰りきて飛ぶように一日一日が過ぎてゆくかな

持ち時間いくらあるやら知らずして日々おくりいる我ら夫婦は