短歌ほか 2016年

ゴミ出しに行けば子連れの若夫婦我にほほえみ挨拶をせり

母の日記。起きたこと、話したこと、思い出したこと。好きな絵や新聞のコラム、好きな有名人の写真などを貼っていた。

年月不明の歌いくつか

見覚えのある着物 まといし亡き母を抱き上げたる夢みた ある日

祖母と我 言問橋を渡しけり 今は昔の墓参りかな

寒き日もまた良いものか 熱々の焼林檎食べ温まる午後

暮れに子は包丁並べて砥ぎいたり すること何か我が夫に似て

寿の字の傾きたる正月の御供へ飾り今日で三日目

年女と人に言われて気づきたる娘はすでに三十五歳

酒飲みて太平楽を決め込みし夫の過ごす寝正月かな

月日たち絵にのみ残る桃源郷 父の描きし農家の庭先

短歌ほか 2015年

新聞をやっとことりに行きにけり

オレンジのシャツ着せられしその人の顔見るに耐えずチャンネルを切る

大輪の花びらそりし赤椿その豪華さに脱帽す

今はただ拝むばかりの花見かな

手づかみでカボチャつまみて感無量

台風と地震なき日の有難さ

ドイツでは動かぬものよ我が家とは

子の帰りいばりしながら祈りけり

思はずがっくり帰国と云はれうれしくないわけはないけれど

ひたすらにクッキーを食べるひたすらに食べるほかより楽しみのなし

若き日の夫の写真のつつましさ此の頃特に感じみるかな

わがそばの椅子にうずくまるモモよモモ生きているのか死んでいるのか

蠅のやつとまるとこなく我が頭にくる

問題は年賀状なりどうすべえ書きたくもあり書きたくもなし

子の顔をみるまで我の不安かな

補聴器をわれにつけて出かけし子の買い物

短歌ほか 2014年

水俣の歌よまれたる陛下思はず我は手を合わせけり

我が家の門先掃きて清めたる今は亡き人恋しかりけり

お参りもせず帰りたる神社かな

ひたすらに我が子の帰り待ちつつありぬ

爪切られモモしょんぼりとしてるかな

かしこい猫よちんまりとストーブの前に座りおり

高尾山行きて帰りし子の土産有難く我仏壇に上ぐ

消費税8%で生きれるか

明日のこと皆目わからぬ日をすごし

子の帰り待ちつつあれば虫の鳴く

暑き日の帰りの遅き夕暮れはひたすら無事を祈るのみなり

森林につづく窓辺を走るように駆け抜けてゆきし人影をみし

云わなくてよいこと云ひしを少し悔い

ただ一人残りし友に去られけり

カーテンが動くとモモを想いけり

あすも傘あさっても又傘マーク外に出られぬおのれか

四時ごろか時計をみればまだ二時なり

高倉健死んでやることみな忘れ

映画みる能力も我失せしかな

不肖の子それでも許すおやじかな  (春雷にきも座りおり不肖の子 永治)

短歌ほか 2013年

傾きし夫の表札正して入る

建国の記念日なれどその行事何もなくなる不思議かな

ストーブをつけても寒き冬日かな

この寒さ起き出すまでが一仕事

あといくつ寝たらお迎えくるのかな

雪降りてくるかもしれぬ寒さかな

大抵の人は我より若ければ話し相手がなくなりにけり

二階行き暑くて肌着一つ脱ぎ下りれば寒くチョッキ着るなり

副首相みればみるほど頼りなし

子は今は我の親なり我は子に生かされており九十(くそじ)となりて

仏壇もテーブルもみな白い薔薇

アガパンサスつぼみの一つ堅きかな

つわぶきを子と採りにいきし海辺の町に

つゆ草は母愛したる花でありしよ

かのこゆり亡き妹を想ふ名であり

夕暮れに散歩に行きて突然に家近くなりしときの嬉さ

大好きな子規ではあれど老ひぬればめんどうくさくなりにけるかな

来年も使える日記と知りたればふと嬉さのこみあげてきし

あさましや明日の命もわからぬに来年使へる日記とよろこぶ

子のおいてゆきたるバナナ食みながらテレビ見ている朝の始まり

大好きな子規ではあれど老ひぬれば面倒臭くなりにけるかな

つまらないこと思ひ出しクラッカー食べる我であるかな

百人一首置きてゆきたる人の母よくなりませと我は祈れり

オランダの海辺でとりしわが夫の白シャツ姿日々おがむかな

多摩川の土手の桜を見にゆきしこと想ひだす桜の塗り絵

束の間の雨の晴れ間に散歩行きぽつぽつくればあわてて帰りぬ

炊き立ての白がゆあまりにおいしくて残らず食べて苦しくなりぬ

若さとは残酷なりしと思いたり己の過去を振り返るとき

亡き母に母の日カード贈るなり生前の母に贈らざりしに

前髪がかゆくてかけば黒髪が一本なれど落ちて残念

短歌ほか 2012年

飴なめて子の帰り待つ不安かな

肩痛む心も痛む夕べかな

ストーブを消せばぞくぞく寒くなり塩キャラメルを又二つ出す

子は我に缶箱いっぱい飴詰めて出かけて行きぬやさしかりしよ

親は子を子は親憂ふ我が家かな

ちらちらと雪降りてくる父母の命日

子なればこそ老ひたる我を桜見につれ行きたるぞ多摩川の土手

その昔夫と桜を見にゆきし今日子と行きぬ多摩川の土手

弟に風貌似たる大学の教授の話きいてみるなり

わたしの天国あと五日その後わからぬケ・セラ・セラ

歩くことやっと食べることやっとみんなやっとで生きているかな

勢はいい男だが相撲下手

千代の富士いつみてもいい男振り

安美錦昔の美男勝ちにけり

豊真将いい男だが背が足りぬ

よく見れば白鵬の鼻団子鼻

短歌また俳句もひどき日曜日

怒らせた子が出かけたるその後に子のソックスのつくろいをする

黒ずみし大きなる蚊我が右腕にあり(叩き潰して清々した)

何時の間に買ってきたるかさつまいも子のやさしさになみだするかな

子が焼いてくれたるお芋食べて子を待つ

残生を心得違ひて生きたゆえ死期近づきて苦し日々かな

この間生れたばかりし隣家の子お母さんと呼んでいるなり

隣家にトイレの明かりみえるとき我なつかしくうれしかりけり

鳩時計子供直して鳴ることは鳴れど実感と関係なく

短歌ほか 2011年

不忍の池の油絵我が心慰めるなる暑きこの日も

塩塩と哀願したる夫にも枝豆の塩かすかでありき

暑いなと思っていれば庭の木に蝉やかましく鳴き始めけり

まだ生きているぞとばかり痰を吐く

体操は今日一日の予約かな

永の字は愛する父の名の一字新聞歌壇にみればなつかし

生きること至難になりし日々なれど子にさそはれて多摩川散歩

僅かなる我の記憶を試さんとひいてみるなり花の辞典を

岬までドライブしようと夫いいぬ昨日明け方夢にみしかな

我にとりて食器割らぬが一仕事

不安なる思ひ満ちくるときに我牛乳飲めば心やすらぐ

ニュースでは雷雨大雨来ると云ふ夕方帰る子を案じ待つ

明日は何するかわからぬ今朝の我

ひたすらに湯の沸くヤカンみつめけり

短歌 2009年

この平安今日で限りと思ふこと度々ありき辛き我かな

我が運命如何になり行く定めかな天にまかせてご馳走食べる

後ろからこんちはと声かかりけりよかった唾を吐かないときで

便座にて眼つむりているときが一番心休まるときかな

小説は楽しかりしが短歌よみ何かもの足りなくなりぬ

短歌 2007年 秋

隣家の蔦の紅葉が美しき雨戸を閉める夕暮時かな

人住まぬ隣家の庭の暗闇にさざんか一輪灯火のごと

病床の夫に届けし三平汁つたなき味を喜びし君

植えしこと忘れたる頃出でぬベランダ花壇のヒヤシンスかな

鯉泳ぐ池あれば自ず足が向くビルのはざまの会社の庭へ

買いくれしカランコエ咲くベランダや娘の心根のうれしかりけり

展示品なりといえでも子が我に求めてくれしソファー心地よし

短歌 2007年 春

春浅く夕かたまけて家路急ぐ空にもいつか白き月出づ

赤赤と百日紅の咲き満てど髪なぶる風秋運びくる

皇后の笑顔を拝し島民の老いの涙ははふり落ちけり

玉砕の戦友の遺骨幾年も生きて集め来し人卒寿に逝きぬ

枯れし葉に止どまりし蝉の抜け殻は秋雨に打たれ落ちにけるかも

半月はバナナの房のごと見えゐしが脳の手術で焦点定む

大晦日の告別式となりたるも妹気強く挨拶をせり