母は日本画を習っていたらよかったのにと思う。祖父は母の画才を見抜いていたはずなのに。でも、母には欲がなかった。将来を考えるより、今を楽しむ人だったから、彼女の人生はこれでよかったのだと思う
スケッチブックから 2 1986年ごろ
花がとても好きな人だったから、花を描くとき、彼女の観察眼と表現力は一段と高くなる。美大を出た姉が大手の園芸会社で働いていた関係で、このころ我が家には花が溢れていたのだと思う。
スケッチブックから 1 1985年ごろ
祖父、池田永治の希望で絵を習うことはなかったが、母には画才があった。80年代半ばか後半から、母はグループ80という会に入って絵を描いていたらしい。私は日本にいないことが多かったし、当時は何よりも自分のことに夢中だったから、どういう会でどういう人たちと一緒だったのか、恐らく母が話しても聞いていなかったのだろう。
短歌ほか 2016年
ゴミ出しに行けば子連れの若夫婦我にほほえみ挨拶をせり
年月不明の歌いくつか
見覚えのある着物 まといし亡き母を抱き上げたる夢みた ある日
祖母と我 言問橋を渡しけり 今は昔の墓参りかな
寒き日もまた良いものか 熱々の焼林檎食べ温まる午後
暮れに子は包丁並べて砥ぎいたり すること何か我が夫に似て
寿の字の傾きたる正月の御供へ飾り今日で三日目
年女と人に言われて気づきたる娘はすでに三十五歳
酒飲みて太平楽を決め込みし夫の過ごす寝正月かな
月日たち絵にのみ残る桃源郷 父の描きし農家の庭先
短歌ほか 2015年
新聞をやっとことりに行きにけり
オレンジのシャツ着せられしその人の顔見るに耐えずチャンネルを切る
大輪の花びらそりし赤椿その豪華さに脱帽す
今はただ拝むばかりの花見かな
手づかみでカボチャつまみて感無量
台風と地震なき日の有難さ
ドイツでは動かぬものよ我が家とは
子の帰りいばりしながら祈りけり
思はずがっくり帰国と云はれうれしくないわけはないけれど
ひたすらにクッキーを食べるひたすらに食べるほかより楽しみのなし
若き日の夫の写真のつつましさ此の頃特に感じみるかな
わがそばの椅子にうずくまるモモよモモ生きているのか死んでいるのか
蠅のやつとまるとこなく我が頭にくる
問題は年賀状なりどうすべえ書きたくもあり書きたくもなし
子の顔をみるまで我の不安かな
補聴器をわれにつけて出かけし子の買い物
短歌ほか 2014年
水俣の歌よまれたる陛下思はず我は手を合わせけり
我が家の門先掃きて清めたる今は亡き人恋しかりけり
お参りもせず帰りたる神社かな
ひたすらに我が子の帰り待ちつつありぬ
爪切られモモしょんぼりとしてるかな
かしこい猫よちんまりとストーブの前に座りおり
高尾山行きて帰りし子の土産有難く我仏壇に上ぐ
消費税8%で生きれるか
明日のこと皆目わからぬ日をすごし
子の帰り待ちつつあれば虫の鳴く
暑き日の帰りの遅き夕暮れはひたすら無事を祈るのみなり
森林につづく窓辺を走るように駆け抜けてゆきし人影をみし
云わなくてよいこと云ひしを少し悔い
ただ一人残りし友に去られけり
カーテンが動くとモモを想いけり
あすも傘あさっても又傘マーク外に出られぬおのれか
四時ごろか時計をみればまだ二時なり
高倉健死んでやることみな忘れ
映画みる能力も我失せしかな
不肖の子それでも許すおやじかな (春雷にきも座りおり不肖の子 永治)
短歌ほか 2013年
傾きし夫の表札正して入る
建国の記念日なれどその行事何もなくなる不思議かな
ストーブをつけても寒き冬日かな
この寒さ起き出すまでが一仕事
あといくつ寝たらお迎えくるのかな
雪降りてくるかもしれぬ寒さかな
大抵の人は我より若ければ話し相手がなくなりにけり
二階行き暑くて肌着一つ脱ぎ下りれば寒くチョッキ着るなり
副首相みればみるほど頼りなし
子は今は我の親なり我は子に生かされており九十(くそじ)となりて
仏壇もテーブルもみな白い薔薇
アガパンサスつぼみの一つ堅きかな
つわぶきを子と採りにいきし海辺の町に
つゆ草は母愛したる花でありしよ
かのこゆり亡き妹を想ふ名であり
夕暮れに散歩に行きて突然に家近くなりしときの嬉さ
大好きな子規ではあれど老ひぬればめんどうくさくなりにけるかな
来年も使える日記と知りたればふと嬉さのこみあげてきし
あさましや明日の命もわからぬに来年使へる日記とよろこぶ
子のおいてゆきたるバナナ食みながらテレビ見ている朝の始まり
大好きな子規ではあれど老ひぬれば面倒臭くなりにけるかな
つまらないこと思ひ出しクラッカー食べる我であるかな
百人一首置きてゆきたる人の母よくなりませと我は祈れり
オランダの海辺でとりしわが夫の白シャツ姿日々おがむかな
多摩川の土手の桜を見にゆきしこと想ひだす桜の塗り絵
束の間の雨の晴れ間に散歩行きぽつぽつくればあわてて帰りぬ
炊き立ての白がゆあまりにおいしくて残らず食べて苦しくなりぬ
若さとは残酷なりしと思いたり己の過去を振り返るとき
亡き母に母の日カード贈るなり生前の母に贈らざりしに
前髪がかゆくてかけば黒髪が一本なれど落ちて残念
短歌ほか 2012年
飴なめて子の帰り待つ不安かな
肩痛む心も痛む夕べかな
ストーブを消せばぞくぞく寒くなり塩キャラメルを又二つ出す
子は我に缶箱いっぱい飴詰めて出かけて行きぬやさしかりしよ
親は子を子は親憂ふ我が家かな
ちらちらと雪降りてくる父母の命日
子なればこそ老ひたる我を桜見につれ行きたるぞ多摩川の土手
その昔夫と桜を見にゆきし今日子と行きぬ多摩川の土手
弟に風貌似たる大学の教授の話きいてみるなり
わたしの天国あと五日その後わからぬケ・セラ・セラ
歩くことやっと食べることやっとみんなやっとで生きているかな
勢はいい男だが相撲下手
千代の富士いつみてもいい男振り
安美錦昔の美男勝ちにけり
豊真将いい男だが背が足りぬ
よく見れば白鵬の鼻団子鼻
短歌また俳句もひどき日曜日
怒らせた子が出かけたるその後に子のソックスのつくろいをする
黒ずみし大きなる蚊我が右腕にあり(叩き潰して清々した)
何時の間に買ってきたるかさつまいも子のやさしさになみだするかな
子が焼いてくれたるお芋食べて子を待つ
残生を心得違ひて生きたゆえ死期近づきて苦し日々かな
この間生れたばかりし隣家の子お母さんと呼んでいるなり
隣家にトイレの明かりみえるとき我なつかしくうれしかりけり
鳩時計子供直して鳴ることは鳴れど実感と関係なく
短歌ほか 2011年
不忍の池の油絵我が心慰めるなる暑きこの日も
塩塩と哀願したる夫にも枝豆の塩かすかでありき
暑いなと思っていれば庭の木に蝉やかましく鳴き始めけり
まだ生きているぞとばかり痰を吐く
体操は今日一日の予約かな
永の字は愛する父の名の一字新聞歌壇にみればなつかし
生きること至難になりし日々なれど子にさそはれて多摩川散歩
僅かなる我の記憶を試さんとひいてみるなり花の辞典を
岬までドライブしようと夫いいぬ昨日明け方夢にみしかな
我にとりて食器割らぬが一仕事
不安なる思ひ満ちくるときに我牛乳飲めば心やすらぐ
ニュースでは雷雨大雨来ると云ふ夕方帰る子を案じ待つ
明日は何するかわからぬ今朝の我
ひたすらに湯の沸くヤカンみつめけり
短歌 2010年
それとなく置いてあるなり黒蜜あめ我ありがたくいただきました
束の間にカステラ食べてる夢を見て歯をみがかねばと思ひておりぬ
テレビ見て先行きこわきこの世かな