短歌 2009年

この平安今日で限りと思ふこと度々ありき辛き我かな

我が運命如何になり行く定めかな天にまかせてご馳走食べる

後ろからこんちはと声かかりけりよかった唾を吐かないときで

便座にて眼つむりているときが一番心休まるときかな

小説は楽しかりしが短歌よみ何かもの足りなくなりぬ

短歌 2007年 秋

隣家の蔦の紅葉が美しき雨戸を閉める夕暮時かな

人住まぬ隣家の庭の暗闇にさざんか一輪灯火のごと

病床の夫に届けし三平汁つたなき味を喜びし君

植えしこと忘れたる頃出でぬベランダ花壇のヒヤシンスかな

鯉泳ぐ池あれば自ず足が向くビルのはざまの会社の庭へ

買いくれしカランコエ咲くベランダや娘の心根のうれしかりけり

展示品なりといえでも子が我に求めてくれしソファー心地よし

短歌 2007年 春

春浅く夕かたまけて家路急ぐ空にもいつか白き月出づ

赤赤と百日紅の咲き満てど髪なぶる風秋運びくる

皇后の笑顔を拝し島民の老いの涙ははふり落ちけり

玉砕の戦友の遺骨幾年も生きて集め来し人卒寿に逝きぬ

枯れし葉に止どまりし蝉の抜け殻は秋雨に打たれ落ちにけるかも

半月はバナナの房のごと見えゐしが脳の手術で焦点定む

大晦日の告別式となりたるも妹気強く挨拶をせり

短歌 2006年 秋

ようやくにつぼみ開きぬアマリリス星の如くに鮮やかに咲く

プランターに球根埋めて忘れたるヒヤシンス咲く三つ四つ五つ

多摩川の土手よりのぞむ雪の富士そのふもとには黒き山々

金雀枝(えにしだ)は往にし妹の軒先に咲いていたりき ただなつかしき

黄の牡丹二輪友よりたわまりて夫の遺影にかざるうれしさ

住む人は絶えて久しき家なれど大紫はこの春も咲く

亡き夫の夢みたりけり明け近く優しく我にほほ笑みしかな

短歌 2006年 春

どくだみの白十字の花庭中を星まきし如うづめつくせり

お隣の柿色づきてたわわなり一段と秋深まりていく

行き止まりの路地と知りつつ入りゆくあぢさゐの花いろいろありて

多摩川の土手できらめく富士山をいつまでもみるうれしかりせば

沈丁花すでに蕾はふくらんで紅さし咲く日も遠からぬなり

友人に出しそびれたる年賀状友より来れば嬉さ倍なり

いづ方へ行きしか氷雨降る夕なかなか帰り来ぬ子を待ちぬ

我が庭に孫が風鈴下げくれぬ涼しき音色チンチリチリン

すれちがひ朝の散歩で挨拶をすればかつての友達なりき

サルビアを亡き祖母好み時季くれば苗買ひに我行かされしかな

イチローの野武士の如き精悍さ新聞切り抜き日記にはれり

アマリリスピンクのふちに薄緑花弁開きぬ星の如くに

久々に電話よこせし友なれどすぐにせき込みもう切るわと切る

杖つけど歩くときには胸張りて正面みすえ歩む我なり

満開の梅に来たれり四十雀ピンクの花に冴えて美し

短歌 2005年 秋

幼き日チンドン屋の後ついて行き「あんた何処の子」きかれて泣きぬ

アイス手に持ちて寫眞がとれざりきモンマルトルの階段の上で

遅くなり御飯はいいと子の電話そのとき震度五の地震の来る

我が庭に孫が風鈴下げくれぬ涼しき音色に心慰む

今のことすぐ忘れ去る悲しさよ日に幾度も新聞を見る

明け近く亡き夫の夢みたり優しき笑みを吾に残して

夢にたつ人やさしかり待つことも待たるることもなき現にて

久びさの友の便りがうれしくて一人声出し読んでみるかな

夕暮れの散歩に出れば一瞬に暗くなりたり立ち往生す

こほろぎが何処かで鳴いてるテレビ消し耳をすませばリリリリリリと

イチローは野武士の如く精悍で新聞切り抜き日記に貼るなり

すれ違い朝の散歩で挨拶をすればかつての友達なりき

切り貼りの障子貼るのによろめきて一つが三つの切り貼りとなる

黄色眼の黒猫我が家の塀を行くかわいらしけり思はず手をふる

短歌 2005年 春

サーカスで序幕の演奏始まればなぜかわからず涙湧くかな

玄関の外で電話の鳴るをききあわててとびこむ 靴はいたまま

いずこから来たか鶯連れ添って我が家の庭でしばし憩いぬ

春雷を遠くにききて夜が明けて梅の花びら一面に散る

我が庭の狭きところに花蘇芳ひとり咲き出し驚きうれし

どくだみの花の白きを美しとおもふ此の頃面白きかな

黄色なる小花一度の咲きはじむようやくわかる蛇苺なり

えにしだは往にし妹の軒先に咲いていたりきただなつかしき

望まれて生まれて来る幸せを幾度父母に感謝するかな

隔てなくしゃべれる友とわかれては一期一会は淋しかりけり

今のことすぐに忘れる悲しさよ日に幾度も新聞を見る

大根の花の紫咲き出して雨降りだせば心のふるさと

咳止めの薬と思ひ買いたりき巣鴨地蔵の市で花梨を

黄の牡丹二輪友よりたまはりて夫の遺影にかざるうれしさ

冬の間は枯れしと思へし薔薇なれど春めきてきてふくらみにけり

出掛け際野菜スープを作りゆく子のやさしさに胸をうつなり

寒いからポタージュスープにすうるわねと心やさしき子の言葉かな

久々の友の便りが懐かしく一人声だし読んでみるかな

子供の日夕方になり柏餅食べたくなりて買いにいくかな

若き日の植物採集でおぼえたる最初の花の名おほいぬのふぐり

短歌 2004年 秋

可憐なる菫に混じり金色の雉蓆(きじむしろ)咲く我が庭の春

隣人が我に残せし赤い木瓜地に枝広げ咲き乱るるよ

愛こもるこの手袋は絶対に落とすまいぞと心に決める

何故にするどき棘で身を守るブウゲンビリヤ美しき紅色

亡くなりし前夜一人でゆあみする夫に声をかけざりしを悔ゆ

「笑点」を見つつ呑みつつ笑いたる夫でありきその顔うかぶ

着脹れし背中かゆくて孫の手をつかえば亡き夫思い出すなり

お彼岸に子の土産なる草団子昔変わらぬ素朴な味す

道筋に風船かずら風にゆれ両手でポンと割ってみたいよ

園児らをサアクル車に乗せ押していく冬空の下頼もし保母さん

送られし白桃あまりおいしくて茂吉の白桃かくあらんかと

薔薇の枝にとまっていたる赤とんぼ我が家を訪れたる使者かな

庭隅にひっそりと咲く石蕗の黄色の花はさびしかりけり

二年半過ぎれど夫の腕時計生きるが如く時刻みけり

短歌 2004年 春

焼き跡に祖母とあかぎをつみにけり想い出の味かすかに残る

莟もつのうぜんかずら折れたればバンドエイドを巻きて咲かせぬ

隣人が兄亡き後はきょうだいで家たてゆかんと挨拶に来る

暗がりにぎっしり並ぶ自転車に人の匂いす夜のマンション

雨戸開け今日も楽しむ野牡丹のきりりと冴えし紫の花

赤き星中秋の月に連れ添いて夜更けの家並み静かに照らす

鬼の如のばしたる爪白く塗りあな恐ろしき女高生かな

木の間より見ゆるコンビニ不夜城の如く闇夜に光り輝く

歌の本開けばすぐに眠くなり冷蔵庫開け取り出すプディング

鈴付けし鍵もち夜の散歩行きソフトクリームなめなめ帰る

台所蟻に占領されしかな見るたびつぶすことに疲れり

子が買いし麻の緑の長暖簾風に吹かれて瓢箪揺らぐ

短歌 2003年 秋

友寄りて来れば我の腕とりて一緒に歩く暖かきかな

日光のホテルの庭を夕食後そぞろ歩めば満天の星

耳遠き我にはあれど大谷(だいや)川せせらぎ聞きつつ眠りに落ちぬ

日光の石の階(きざはし)高く高く子の腕つかみおののき登る

日光のホテルで飲みしこけもものジュースの味は忘れざるかな

冬薔薇の一輪が咲く北風に折れんばかりにゆすぶられて

日だまりに椿一輪色づきぬ花待ち遠し花待ち遠し

団扇もちおどる小さな女の子片足上げる仕草愛らし

いつの間か本降りとなりシクラメンつめたかろうと部屋にとりこむ

黙黙と我の眼鏡をみがきたる夫でありしが今は在らずも

病院でふと眼開ければ我見舞う夫ほほゑみて我を眺むる

草深き庭おとづれし黒猫はやもりみつけてじゃれまろびゐる

台風にうち倒さりしベゴニアは健気に立ちて花咲かせをり

売れ残りなりし里芋買ってきて皮むくときの腹立たしさよ

その身体パチパチ叩き気合入れ取り組む前の意気よき力士

アダモ聴き手を打ち鳴らし部屋中をぐるぐる歩き廻る我かな

近づきし火星なれども天体に興味を持ちし夫は今なし

先生は歩け歩けと云ふけれどひょろりひょろりとこけそうになる