今生の別れを告げる暇なく 我眠る間に夫は逝けり
生前の夫もちたる腕時計今日も正しく時きざみいく
我が行く病院の日を書きてあり夫の残せる黒き手帳は
ブレンディ コップに入れてお休みと二階へ行く夫瞼に残る
いつの間に余生となりし 我がくらしあわててみても間に合わぬなり
淋しさは夫の夢見て目覚むとき荒涼とした部屋に我あり
亡き人がドアあけ帰り来る如き気のするときは線香をたく
いきなりに我の手さすりなぐさめてくれた人ありその名も知らず
庭先に冬薔薇一輪咲きにけり凍れる庭にその色紅く
雪降らぬ今年の冬を感謝せり降れば手も出ぬ足も出ぬ我
よき友よよき妹よ我悩むとき共に悩みて我は癒さる
庭の隅気づかぬうちに花をつけて金木犀は香りておりぬ
自転車でほほえみ挨拶されし顔家に帰りて思い出すなり
たまに来て娘(こ)が話するその涙何を云うかと思い迷えり
何時の間に余生となりぬあわてても引き返すことのできぬ人生
過去のこと思い煩うことなしに生きて行ければ幸いなりき
天覧の相撲で勝てり高見関うれしからんと心で拍手
美しき字で来たり寒見舞いその字の良さは一生のもの
哀しみの深まるときは牛乳を飲みて亡き母恋しく思ふ
糸はなす風船のごと一人いる我はさびしゐ子が出かけると