岡藤銀子さんを西荻窪に見舞う
高円寺阿佐ヶ谷又東中野 妹につながる想ひ出はみな悲しい
高円寺また阿佐ヶ谷と悲しみの記憶の糸をたぐる駅名よ
新婚の妹住し東中野たづねし想ひ出数多くあり
9月27日
子に頬を寄すれば泪あふれ出ず泉の如くつきることなく
9月26日右乳にしこりあることを医師に認められた
蓮の葉にころぶるつゆに似し泪 いくすじも落つ シーツぬらして
9月29日
ふと夜半に目ざむるときのおそろしく 枕の下に数珠入れてねる
つややかに風呂上りなり母の顔 ふとまどろみし夢にみるかな
les jours s'en vont je demeure
岡藤銀子さんを西荻窪に見舞う
高円寺阿佐ヶ谷又東中野 妹につながる想ひ出はみな悲しい
高円寺また阿佐ヶ谷と悲しみの記憶の糸をたぐる駅名よ
新婚の妹住し東中野たづねし想ひ出数多くあり
9月27日
子に頬を寄すれば泪あふれ出ず泉の如くつきることなく
9月26日右乳にしこりあることを医師に認められた
蓮の葉にころぶるつゆに似し泪 いくすじも落つ シーツぬらして
9月29日
ふと夜半に目ざむるときのおそろしく 枕の下に数珠入れてねる
つややかに風呂上りなり母の顔 ふとまどろみし夢にみるかな
2月27日
粉雪の降りしきる中を 病院へ急ぐ 心の重き検査日
銀世界 子らに見せたく思ふかな 車中より見る多摩川園前
4月4日
経典を読み入る友は月曜の手術ひかえて明日は髪剃る
4月5日
髪染めて心残りはなきにけり 清雄寺をば我はめざして
4月6日
母上の冥福祈りて入信の道を進むを誰がとがめん
春宵や人力車見ゆ采女橋
春宵や れんぎょうの 黄のさえにけり
れんぎょうの 黄の美しさ 春の宵
4月7日
見下ろせば柳れんぎょう采女橋 (嘉納ちゃんに捧げる)
我が手術 友の手術も御仏にすがりて無事に終わりたきかな
春愁や手術はのびて何時の日ぞ
春愁や 手術ののびて 泪ぐむ
泪ぐむ 窓外に見ゆ 春日射 (藤井先生より貧血のため手術ののびること知らされる)
手紙書く気力も失せぬ 春の宵 手術延期を知らされし我は
無事手術すみしとききて安堵しぬ 三時間にもわたりしときく(神野さんの手術が終わって)
髪剃りて脳下垂体摘出の手術をすませし君すこやか
4月10日
めざむれば うすら寒きや 春の床
寝苦しくなく ねむりたり 春の床
洗面の いまだつめたき 春の水
春風に ふとさそわれて 禁断の 屋上にまた登りたく思ふ
4月11日
春雷にめげず生きぬく不肖の子
することもなく バナナ食ふ 花曇り
外泊の許すを待つなり春の雲
伊達締めと辞書を書いたし春の空
まぶしくも 又悲しくも 春日射
外泊の許可うれしきや春の風
4月16日
うなされて夢物語る春の雨
病める身に恋はむなしき四月かな
窓外に 若葉のゆれる めざめかな
春雨に もの思ふこと やや多く
4月16日
うとまれてさびしかりけり その人の今日の退院 雪しげく降る
4月19日
恋なれど 童女の如く のびやかに 我これよりも生き続けたし
くらやみの 中ゆく如き我が命 かすかな望みありやなしやと
4月23日
春雷に 恋の花びら 散る夜かな
4月25日
問い返すひまもあたえず去る君にきびしき君の心知るかな
子育ては花づくりとも似たるかな 丹精こめし腕のみせどこ
人たよる気持ちを捨ててこれからは吾子らのため生きんとぞ思ふ
4月26日
いざり寄りし ギプスの足の我が子の声 電話にきっていとしかりけり
はげ鷹の如く並べり屋上のてすりにとまりて餌待つ鳩等は
笑ひ声背にして部屋に飛び込みてベッドに坐してしゃくりあぐ我
日曜にしますとわれにことわりし我が手術せし医師のあかるき
4月27日
鉄のたが はめられし如左胸人の身体をあやつる如く
中庭の若葉眺むる夕暮れはベッドに臥して悲しかりけり
病室にあかりともりて部屋べやはスポット浴びし舞台の如し
いつまでも又いつまでも 検温器くわへて永き春の宵かな
4月28日
咳さえも自由にできず 鉄板を押しあてられし わが胸なれば
めざむるは何時も三時の十五分 それより後は 夜の明くを待つ
しゃくやくのあか なやましき あしたかな
乳一つのグロテスクなるわが身体 見るにしのびず ふと目をそらす
抜糸せし 赤黒き糸かきあつめ 我がコレクションに持ち帰るなり
4月30日
葉桜に何時しかなりぬ 病院の緑の園に鳩のえさはむ
風かほる五月の窓をゆずるかな
5月1日
検温器くわへしベッドに朝日さす緑目にしむ心地良き朝
5月2日
恋病みし寝床かはりて五月かな
ハイアミン液浸したるがーざにて乳一つなる傷の胸うつ
退院の日の近づきて苦しみはいや増すばかりおろかなる我
5月3日
寝苦しき夜の明けぬれば新緑の心地よき朝我を迎ふる
退院を友に知らすを気づかひぬ友より後に手術せし我
振り返へり振り返へりつつ手をあげて夫わたり往く采女橋かな
采女橋見送る我に手をあげて振り返へりつつ夫かへりゆく
5月5日
病院の窓にも小さき鯉のぼり
パイナップル重きをあげて振り返る帰へりゆく夫我送るとき
夕暮はふと悲しくてなげれ来るトランペットに過ぎし日を追ふ
あきらめし恋にはあれどたそがれのトランペットに我が胸うずく
薄黄なるスポーツシャツののぞきたる白衣の医師は若くすこやか
5月6日
七人の子等すこやかに育てたる母なる人の幸せをみる
会ふことはなきとあきらめいし人に呼び止められし嬉しき日かな
両手より両腕にぎり我が腕の浮腫ためしみる君のかいなよ
君の手が我が両腕をしっかりとつかみて浮腫をしらべ給ひき
両腕をしっかと君につかまれし浮腫の検査に我が胸さわぐ
5月7日
退院のきまりし朝は何となく落ち着かずしてベッドにもぐる
5月13日
日焼けせし老女等の群駅にみし日雇婦らの遠出なりしか
5月14日
我が夫のひどくいたみし靴底に詫びる気持ちで靴みがくなり
おろかしき人間なればあやまちのいくつかあらん君責めまじき
5月17日
あどけなき少女の如き面差しの母おさな子に乳あたへおり 北千住行き地下鉄にて
我が胸のつかえのおりし心地かな十日振りなる君をみしとき
何気なく左手首をつかみいき ただそれ丈の君忘れまじ
何となく面やつれせし君なりき病のあとの残れる如く
今一度会いたき人に三月後に来よと云はれて悲しかりけり
雨すでに止みたる如し悲しみを何か残してもの思ふ夕べ
5月18日
片足で立つ吾子哀し両の足使ひて歩く日は何時のこと
5月23日
砂浜に打ち上げられし魚のごと我眠るなり同じむきにて
6月2日
夫われの乳房一つを淋しと云ふ悲しみの更にひろがる夜半
忘れ物せし吾子もどり苦しげに水飲みており涙うかべて
7月30日
三時よと吾子我起こす約束の時間についぞ起きることなし
風しげく雨戸しめたる部屋に我眠るを吾子の起こしに来るなり
8月6日
右胸の奥にひそめる痛みあり 黒き不安は我を悩ます
8月7日
きず口を我いたわりてうすき夜具かけて眠りぬ海の家の夜
5月29日
バターをなめて 妹の死を 思い出せり いじらしきより 言わん方なし
7月12日
いたましき 妹の死を 思ふなり 二度目の盆の めぐり来れば
うどんげの花 松の鉢にみいだせり 不吉なることなきを祈りつ
うどんげの花 こたつにも 咲きにけり 障りなき事 神に祈りつ
11月19日
岐阜羽島 田んぼの中に超特急 停めた政治家夫妻の像みる
岐阜羽島 おらが国さの大臣は 超特急をたんぼに停める
11月20日
武庫川の流れを渡り 病む母のおわす病院 たずねる日かな
12月16日
我が母に奇跡よおこれと 祈りしに 甲斐なきことになりにけるかな
5月20日
バナナ買いて 泪ぐむなり パラソルを さすも忘れて 吾妻橋渡る
稲荷町 なつかしきかな その昔 ここに生まれて ここに住みしを
どぶくさき 吾妻橋なり 過ぎし日に 祖母といくたび 渡りしかなと
5月21日
妹の墓参りせし 翌日に 夫と幼子 来る夢みし
バナナ買いて 泣きつつ渡る吾妻橋 パラソルさすを われは忘れし
妹の夫と幼子 訪ねきし夢見たるなり 墓参りせし翌日
バナナ買いて 涙あふれし パラソルを さすも忘れて 吾妻橋渡る
5月22日
妹の縫ひてくれたる格子縞のスカートはきて蒲田へ行きぬ
今ははや 形見となりし 格子縞のスカートはきて蒲田へ行きぬ
愚かなり 妹をはや失ひし 今となりてはかえすよしなし
5月24日
失いて知る 妹のいとしさよ 涙流さぬ日とてはなしに
5月27日
深紅なるバラ三輪の寄り添いて 一つの花の如くに咲けり
我が庭のバラ三輪 寄り添いて 一つの花に咲くぞうらやまし
三輪のバラ 寄り添いて 咲く様は 花簪の如く愛らし
三姉妹と 我は名づけし 我が庭に咲く三輪の深紅なるバラ
三姉妹と 我は名づけし 我が庭に 寄り添いて咲く 三輪のバラ
6月22日
年長の 我代わりたき思いかな 死に急ぎたる 妹よ許せ
幾たびも 涙の便り受け取りしに 我気が付かぬは 一生の不覚
妹の便り そこ此処にに置きて 今なお生きて おる如く思う
7月2日
妹に 面差し似たる少女立つ 物資欠乏の時代を思ふ
7月13日
新盆に 妹に会ふ夢みたり もの言わざれど いとしかりけり
生きてたのと 我妹の肩抱きぬ 新盆の日にみたる夢かなし
定めとは 思へどかなし 妹の散りたる若き 命思へば
8月28日
我がバスに 乗り込みて来し 妹の 肩しっかりと抱きし夢かな
墓参りせぬ 我を誘いに来るかな 昨夜みし夢 妹の夢
オーシイツク 鳴きいだしたり 妹の昨夜の夢を思いおるとき
10月16日
胸痛む日の多くして秋深し
秋くれば妹恋ふる日のつづき
10月19日
秋深し 妹恋ふる 日の多く
12月20日
ながゆえに 死に急ぎたるか 妹よ 姉の嘆きも 今はむなしき