スケッチブックから 5 1980年代

サークルに入って絵を習っていたころの作品。メンバーが順番にモデルになって練習していたようすがうかがえる。母は人物の全体像を描くことに不慣れだったようで、配置がうまくいっていないが、最後の一枚はかなり上達しているので、やはり画才があった人だと納得させられる。

母の塗り絵 1 2013-2016

ドイツに滞在したとき、細密画のような花の塗り絵を見つけた。花の好きな母は嬉々として作業し、その完成度の高さに周囲を驚かせた。

                   2013年 ミュンヘンで


     左側が見本、右が母が塗ったもの

                  2016年ワイルハイムで

写真 2 結婚前

残念ながら母の家族には写真が得意な人がいなかったらしく(母自身もそうだったが)、結婚前の母の写真はあまりよいものがない。もちろん、戦争という時代の影響はある。

私の手元にある、戦後に撮られた母の若いころの写真は、疎開先(高岡、氷見)でのものと、大阪で働いていたころのものだ。ワンピース姿の母は、頼まれて被写体モデルをしていたと推測する。

結婚前の母と父。

写真 1 結婚式と新婚旅行

母の結婚が遅かったのは、戦争の影響もあっただろうが、 それよりも母は祖父に対しての親愛が深く、同年代の男性への関心がなかったためだと思う。母と父は大阪で知り合った。当時の東京は焼の原で、父は同族会社の大阪支社で働いていて、母は疎開先の高岡から京都に住まいを移し、大阪の料理屋でアルバイトをしていた。職場の同僚と父の一番下の弟である叔父がその料理屋で母を見て、まだ独身だった父に引き合わせたのが出合いだったという。叔父の話では、母はとてもきれいな人だったから、父は一目ぼれだったそうだ。

ファザコンの母は結婚に迷いがなくはなかったようだが、結婚式とその後の新婚旅行での写真を見る限り、やはり父のことが好きになっていたのだと思う。